武道のスポーツ化の問題点~なぜ一番大事な使い方・実用性にこだわらないのか~

武道修行の最大の目標であり成果は「実戦で使える」「『絶対』の自信を持つ」ことですが・・

うちの道場以外のほとんどは・・
ボクシングなどのように、細かいルール細分化した階級の中で「一番」を決めるか、型踊りでみんなで一緒に「( ゚д゚)ハッ!」なんていって優劣を競うかになってしまっている。
これは基本的には、見てる観客(おもに素人衆)にいかに見栄えするものにするかという工夫、つまり商売上の理由で「進化」してきたと思って間違いない。
格闘興業の中では相撲とボクシングが際立って成功しているのは実力云々よりも、女性や子供が見てもすぐわかるルールだから、ということが大きい。
SUMOなんてけっこう世界のあちこちで放送されていたりするし。

しかしながら・・

「た、大会ではゆうしょうしてるもん!」なんて言っても実戦はルールは何一つないので、まるで勝手の違うものである。

たとえ素人でも死に物狂いで刺してきたりしたら全然イージーでもない相手と化す。
審判等止める人もいないし、法律も後で適用されるというだけで、殺されてしまってはアノ世から訴えるわけにもいかない。一生自力で歩けないほどの大けがをさせられて、5千万ぐらい貰ったとして割にあうはずもない。

そこに気づいている方むけにウチの道場があるのですが・・

私の場合は以前にも書いたように、二通りの使い方を用意している。

一つは動画でも公開している、自由推手で相手を制圧する方法。

これは投げも使わなければ毎日使ってもいい笑 過剰防衛感まったくナシ。

こちらに内在するパワーの片鱗を見せるだけで相手が委縮して、やめてくれる。

顔面ボッコボコにしたりは案外「別の意味で」使い道がないもんなんですね。

だから使うためにもむしろマイルドなやつを一番練習する。

もう一つは公開していないが、○しちゃう方法ですね。

いきなり背後から頸動脈スパッとかの、たまに会員には見せるやつ。

これは一生使いたくないけども・・まぁ万が一のとき九死に一生を得る法。

これも自由推手で培ってきた地力があってこそなんで、教わればいきなりポーン
とはできないけれど。

いずれ戦わない以上の護身術はない。三十六計逃げるに如かずですが・・

どうしてもな場合はあるし、そこは自己責任で、自己の能力しかないとこです。

そこを鍛え、そこに「絶対の」自信を持てれば・・

人生の何事にもチャレンジできるし、挽回できるし、簡単に自殺したりしないようになる。

それが最大の効用でしょうね。敵は内面にもいると。

それが一番厄介だねまったく・・


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