武道の達人の真実。完成版。力作!

これは前も言った通り、実際にはいないというのが真実ですね。

弟子が自ら台本どおりにぶっ飛んでる茶番劇団 が9割。

大人と子供ほどの実力差があればかかる技、というのはあって・・

それをズブの素人にかけてみせてる場合、もしくは遠慮させて本気じゃない状態でかけるようにしてるが残りの一割でしょう。

例えば相撲の幕内力士の多い決まり手は上から寄り切り、押し出しが一位と二位でした。

一本背負い等も決まる場合あるけども、横綱大関およびそこに当たるレベルではまず決まらない。

見に来てる観客のおっさん相手なら、幕内力士は全部一本背負いで投げれるでしょうけども・・

それは達人とかじゃないのは誰でもわかるかと思います笑 

まぁその程度の話だと思っておくほうがいいでしょう。

実際に一応でも訓練したもの同士がガチンコでやりあえば、前も書いた通り総合格闘技+反則技+武器術になるだけであって・・

そういうマジの状態では手首ひねってポンポン投げるなんてことは無理ですね。

むしろ最も非合理的な技をかけようとしているために、よけいにすぐ負けると思いますね笑

また、投げてもすぐ起き上がってこられるような投げでは無意味ですから、

無駄に自分も疲れるだけで、負けを誘発してるにすぎないといえるでしょう。

ようするに・・

世間一般のみんなが達人だと思ってる人は全てニセモノで、普通に格闘技やったほうがすぐ強くなるし合理的という、まったくバカバカしい話が真実なんですね。

筋トレでジムいったほうが3倍はいい?ぐらいではないかと思います。

私のとこはバランス養成のために内家拳の練習をして、あとは現実を見据えていろいろな訓練を各自のやりたいようにやっていくということで・・

神秘ではないけど、どっからどう押しても押せないとか崩せないとか・・

そういうのは格闘技にも直結するし、格闘家になっても充分通じるというより、ルール等を前提としないために現実対応力はむしろはるかに上という、そういう武道を目指してきたということですね。

先の相撲の例で述べた通り、寄り崩し、押し崩しが最も避けにくい技であって・・単に力があるとかいう話でもなく、最上級の玄人にも効果のある技法なのです。それでそこを訓練している。相撲ではないが、相撲も強くなるでしょう。

強くないのに強いフリして・・違う技でいくとブチ切れる。それでも遠慮なく来られると実はビビりまくるとか・・

そういう情けない悲しいおっさんやらジジイをたくさん見てきましたので・・

ああいう風にだけはなりたくないもんです。。

でもそれが9割というのが・・この世の七不思議なのです。。

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その人の命がかかってるという自覚をもって指導するのが最低限の道徳だと思っています。

追記

後ろからトラックで轢いたあげくに猟銃で撃ったらさすがにダメ、というルールすらないことを思えばオレツエー的な人たち自体がはたして人間並みの知能を有しているのか、という話になってくるし・・

骨も折れんばかりのド突きあいをしたところで何の実戦でもないし、チャンピオンも横綱も結局は生身のヒトでしかないのは空しい現実である。

しかし、ただ型を覚えて長年やってますという人が大金と多大な労力をかけて強いフリしてるほうが・・

その100倍はさらに空しいというか、逆に背中でもさすってやりたいほど気の毒であり・・

そうなるよりはマシなものをやるべきだ、という認識でやってきている。

世の中のほとんどの人は見る目もアレだしすぐ騙されるし・・

殺される段階になって死にながら気づいても遅すぎるが、おそらくそれでしか目覚めないと思われる。また、そういう隠れ犠牲者は実はけっこういると思う。

私はこの事件が好きでね。

この人自身も相当おもしろいけど、これを手放しで大絶賛してみたり、聴き入ったりしてた「専門家」や「音楽通」が面白いんだよね。

みんなホントは違いも何も分かっておらず、金とコネでテキトーなこと言ってるだけだということが分かっちゃった。

私のような音楽素人は全くわからんですし、肩書などだけで成立している世界だったことがモロに露呈してしまった。

ザ・社会の闇を、ごーち先生は自らの人生でえぐって見せたという意味では本物の芸術家だったといえる。

しかも人に作らせた人の曲だった、というのも深いですね。

せめて新垣さんは天才だ!曲自体は素晴らしい、という方向になるならまだ分かるが・・それもなく、全部なかったことにしたのは逆にすごい。。

嵐のCDより売れてて今は廃盤。しかも新垣さんいわく元はHIROSIMAじゃなくゲームの鬼武者のサントラ用に作った曲というんだから・・うーん。。

ベートベンがホントにすごいのかすら疑心暗鬼になってくる。本家も聴こえないフリだったんじゃないかとか、ホントに作れんのかよとか、アラガーキはいなかったのかとか・・そこ言いだすとごーち先生が悪いのかすら霞んでくる。

つまり我々は意外と何も知らないというか、いろいろとある情報を鵜呑みにして生きているということも分かってしまったすごい事件なのである。

音楽会や武道の世界のみならず、いたるところにこの手のバカバカしい問題があって、日本国の正しい発展を阻んでいる気がして他人事ならない思いがする。

ごーちが悪いというより、ごーちを見抜けず絶賛するしか能がなかった自称専門家・学者集団が今も牛耳っているであろうことが根本の問題だ、と思う次第。

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