修行とは何か。武道とはなにか。

私はたまに禅の話をしたりするけども・・

基本はあらゆる宗教とは距離を置くというか、禅もそーでもない感?がしますね。

昔のインドの聖者は悟りを開くと幸福の中で自ら命を断っていったそうですが・・

日本の禅僧は長生きするし、たいていは妻帯者でもあるし大寺の息子は金もあるしで・・半端な感もある。

厳しいといわれる修行期間も精進料理で意外とうまいの食ってたり、そういう箱にこもってムード出してる奴のような気もしたり。

昔は木喰い上人なんて習慣もあって、即身仏になるために穴にこもってドングリしか食わず餓死していく修行が日本にもあったんらしいけど・・

(ちなみになぜドングリかというと、ミイラになりやすいから)

そういうのなら認めるというか、わかる気がする。

ただ生まれてきて、そのうち死ぬ、ということそのものが誰にとっても修行だから・・

俺は修行したぜっ!ていうのは浅い感じがする。

何の悪事にも染まらず、加担せず自分は生きている!と思うようなやつが一番危ういと思うね。

生きてる奴は悪党で、長生きなんて完全な悪だと思うよ笑

植物なら殺して食ってもいいなんてこともないし、自分が植物なら絶対嫌だしね。

エゴイズムも欲望も悪いと知りつつも肯定しないと、じゃあ今死にましょうという結論以外成り立たないのが真理でしょう。

明日も生きようなんて、信心が足りないよ笑

我々は悪党どおし、いろいろ折り合いをつけつつ悪事を働いて、罰当たりにも生きてる。

しかも「幸せになりたい」だの図々しい事この上ないのであるが、それが人の性ですね。

武道というのは大毒をもって大毒を制するという、まさに人間の業に根差した修行と言える。

どうせ死ぬのにまだ死にたくない、ギリギリまでいい思いがしたいという、あさましい欲望の権化が我々の本性なのです。

その毒を使いこなす、毒を乗りこなすようになりたいもんですがね。

誰でもキレたいときもあるけども・・

アンガーマネジメントという最新の学問によると、6秒待てばいいそうです。

6秒待てば、動物脳(旧皮質)から人間脳(新皮質)に切り替わるんで、辛抱できるんだそうな。

人生も気分も6秒次第とおもえば・・どうにでもなるし、誰でもできるよね。

こういう科学や学問のほうが、座禅するより効果高い気もする今日この頃です。

修行なんて古臭い考えか、単なるパワハラじゃないか笑

いろいろ幅広く勉強すれば、人生は豊かになるし、カンフーも実は上達するよ。

形にとらわれず、真の技と心を身につけた人の勝ちだね。

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