月別アーカイブ 2021年7月23日

気功についての最新見解など。4

昔はヨガとか瞑想とかも相当やってたというか、それメインの人生の時もありましたが・・

今はほぼやらないですね。前も言ったように、普段は練功をほぼやってないぐらいです。

繊細かつ敏感な人のほうが・・

すぐ感じが出てくるというか、神がかってきた感を持ちやすいんですね。

ただそれは大概は野狐禅のようなもので、まだ浅いか、一瞬深まった底に沈んでで出られなくなった状態なだけだと思う。

それはつらい状態であって、達してはないがいろいろ感じているだけに不安定になってしまう。

全身経絡の解放とか、そういう技法はある種の狂気をはらまないこともないとは思いますが・・

そうでない人もいるし、何ともメンタルに影響なくてもできる人もいる。この辺は体質でしょう。

夜郎自大みたいになりやすいですな、瞑想とか型だと。

だから推手をやってみなさいというんですね。軽くでいいから。

体に気を通すことができてれば、格闘技家までいかなくてもある程度のことはできるんです。

そういう実際的なことを重要視したほうが、もっとわかりやすく、間違っていかないと思う。

クンダリニーの覚醒とか小周天とかあるんですよ、実際。神秘体験といえばそうなやつ。

ただそれをやらなくてもできてる人もいるし笑 それも一部ですね。

推手で何回やっても負けなくなるのが・・一番まともな方向だと思いますね。

気の流れを自然につかんでいるという意味で。

それができないで気があるとかいうのは、ちょっと信じられないかな。

ちなみに組み技の格闘技長くやってる人もある程度できるが、根本のところはやはり違う。

そこまでいくにはやはり気の練功がいるし、気は確かにあるとそういう時に普段以上に感じますね。

また格闘技の感覚に頼っていると・・そこ以上にはまずいけないんですよね。

本当の気というのは常に空気のようにあふれていて、強化しなくても蓄えなくてもいい、

神秘とは程遠いような、アタリマエなものだと思います。

自然というのは汚いものもきれいなものも全部あるし、人間もそうですからね。

最後は無というか、気にもしない状態になるのがいいと思います。でもできてる、という。

宗教とかじゃなくて、そういう自己投資がしたい人向けのコンテンツだと思ってやっていますね。

軽いけど確かな技術と、あとは厳しくはないという。そんな感じです。

気功についての最新見解など。3

どのような状態が最高の幸福状態か、というのは人それぞれであろうが・・

最高の不幸状態というのは不健康状態、とくにメンタルのバランスを大きく崩した状態であろうことは

だいたい全人類に共通している、といっていいのではないでしょうか。

人間は三日寝られないとまず正常ではいられないそうですから、不眠とか落ち着かないというのは大変な重病だと思っていいと思う。

自分の場合もそうとうヤバい状態から戻した経験があるので、ここは痛いほどわかるんですが・・

私の過去のやり方の全部、逆をやると治ると思いますね笑

そのぐらい、ヘンな本とかの影響がよくなかったと思っています。

もっとも禅の修行も、いったん自己を崩壊させて再構築するということが目的ということで・・

それも荒療治ではあるがアリなんでしょう。

自分がハラから納得できるなら何でもいいし、そうでないなら結局はフラフラして終わりになる。

体感というか、イメージではない自分の丹田を作ってしまって、あとは任すというかな。

そういうのがもっともラクで、いろいろ、そのためにしていくことはあるね。

素手や棒切れ振り回してヤレ武道が強いとかは、この現代ではなんだかむなしいが・・

メンタルが丈夫というのはすべてに通じてくるし、もっとも役に立つと思いますね。

自分が分からなくなっちまったな・・の方はこれをやって、復活していただきたいですね。

俺はコレで、ここから始まればいいのか!と思ったら勝ちだね。

世の中なんて全部うそっぽいもんで、相手にする価値がないきもするんだな。

死んだら腐って骨になるけど、生きてるうちは気づかないだけで・・

もともとアッチが本当なんだと思うね。この当たり前に思う数十年来の自意識も、価値もカネも幻想で、本当はないし、なかったのであって・・

なくてもいいわけよ「俺」も。そう思うとべつにどーでも問題はないと思います。

「俺」の否定ないしは、「俺」への無視。これが一つの気の極意だと思ってます。

無料体験・新入会員随時募集中(^^)/

合気・武術についての最新見解など。6

伝統武道みたいなものをそのまま使うという発想じたいが・・

もともと無理があると思いますね。原理は大いに活用したらいいし、自分もしてるけど。

現代格闘技だと、最近はカーフキックなんて有名になったけど・・

ああいうのも、前は発想もなかったね。ローか足払いだけ。

伝統とか「らしさ」を追求した瞬間には取り残されて、ガラパゴス化の一途じゃないかなと。

生きた武を追求したら、流派なんて言ってられないというのが現実で。

それでも原理として、鍛錬法として残るならそれは最高にリスペクトされていいと思うし。

本気で使おうと思えばどんどん変わらざるを得ないんであって、やることを固定してしまうなら・・

使うためのものではないんだと思いますね。

あと基礎体力と、カラダの頑健さね。これ絶対いるからね。

50ぐらいではもう格技の選手年齢ではないし、ましてオジイで最強とかいうのはもう病気ですよ笑

いくつになっても動ける体力と健康の維持は重要ですし、そこは大いに評価されるべきですが、現実もみておかないといけない。

また格闘技の試合で一回戦KO負けした選手のほうが日本刀もってたら、優勝選手でも別に変らないし・・

木刀でもきついと思いますね、使い方や慣れ次第だけども。

その程度だということね。そこ勘違いしないで、要点だけ抑えとこう、という話ですな。

内家拳では力の出し方やボディバランスが独特なんで、そこを使えば(努力次第ですが)かなり高い実力を長く保てる。

そこら辺をトータルで考えて、現実をふまえてのコレですから、そこを間違えずにいきましょう。

気功についての最新見解など。3

健康法としても、あるいは格技にかぎらずスポーツをやるにしろ・・

この人はもっと根本的に変えたほうがいいというか、そうしないとただ負けるばっかりだろうとか、

また必ず腰か肩がいたくなってくるだろうなとか・・

そういう抜本的な解決法として、気の練功が非常にいい、という部分もありますね。

そこで一流までいくかは資質にもよるけども2.3段階はあがるということもある。

健康法ならマシにはなったな~と思えてくるはず。

ここが当道場のキモであって、それ以外はそう珍しいものでもないかもしれない。

自分を根本的に別のものに変えるということは、非常に大きな出来事であり・・

極端には生まれ変わるということなんで、そこからは違う人生を歩めるのです。

自分が「今の自分」でなくなれば、いろいろできる。

私も元々はたいして強いほうでもないし、自信もなかった。

新しい自分の意識を呼び覚ますというか・・そういうことが結局は人生を救うんだと思いますよ。

自分の殻をやぶって、真の人生をその目でみてみないか!←あやしい

まぁそういうことで、やってみたい方をぼしゅう中(^-^)

なんでも初めは一歩からだよ!

合気・武術についての最新見解など。5

どの流派が最強かとかいっても、ルール次第、本気度しだいというのもあるし・・

本当には全部けっきょくは真剣勝負とは言えないというか、出来るとしたら人生でそう何度もできないものですね。

なので、どこでやってもそこは妥協案を探らざるを得ないので、語る必要もないのではと思います。

自分の場合は自由にやって使えるものを、この内功をベースに安全性高くやっていく、ということで結論が出ている。

またどう生きるか、健康を保つか以上には強さ云々は重要ではないですね。

本気でやって使えない技を頑張ってると、いざの時が死ぬときになりますから・・

そこだけ騙されないようにしておくといい。

こういう時代でますます護身術はいるな~と思いますね。

変なのにやられて終わりというのはいかにも人間的でもあるが、締めくくりには最悪ですからね。

見た目は今でも若いといわれるが・・だんだん考えもマイルドになってきていますね。

30代ぐらいまでは(めちゃくちゃ最近だけど)イキってみせたりしたもんだが、今はもうそういうのやらないね。

恥ずかしいとも思わないが・・若い時はだれでも多少はそうだから、今はだいたい許せるし、そんなもんだよ。

心穏やかに生きることが、ヘンなのをやりこめるより自分にとってはるかに重要だとおもってる。

そういうことで、またお待ちしてます(^-^)