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カンフー道場のコンセプト~護身術編2~

とにかく世の中は、ニセ護身術だらけ、ニセ武道だらけであるということは、必ず頭に留め置かれるべきであると思います。ほとんどは習ってもムダ。実際に使ったら、生兵法すぎて最高に危険です。。
精神修養のためにウンタラ・・礼に始まって礼に終わる武道精神ウンタラ・・と、もっともらしいことを言いますが、
実際は、本当に強くなるという厳しさから逃げて、自分が本当は強くないことをゴマカシて商売しているのです。
ラーメン屋が「味なんてどうでもいい。要は人格だ」「ラーメンは挨拶だ」とか言ったらコッケイなだけですが、
そんな理屈が、なぜか武道の世界では結構成立してしまうのです。
ラーメン屋なら、素人には作れない、旨いラーメンを作って客に出すのが、一番の礼儀で、人格そのものの表れでしょう。
客に「イラッシャイマセご来店ありがとうございます」なんて、全員で土下座して出迎えても・・
肝心の味がマズければ、これほどの無礼はナイのです。
強い弱いなんてクダラナイ・・なんて言うなら、武道なんて一切やる必要ない。読書でもしてればいいんです。
繰り返しますが、とにかくまず、ちゃんと強くなること。
根本をごまかして、精神修養なんてありえないです。一番遠いです。
最初はみな、その純粋な思いから始めたはずなんですがね・・。

カンフー道場のコンセプト~護身術編~

よく女性の護身術として、合気道などを思い浮かべる方もおられるでしょう。
しかし、実際、立ち技関節技(手首をひねり上げて投げ飛ばす、もしくは押さえ込む技)は、相手が自分より体力
があれば、まず不可能な選択肢、というか選択したら死です(笑)
そもそも女性の護身術なんて存在しない、と、言い切る武道家の方もおられるぐらい、ほんとうのガチンコの戦い
は厳しいものなのです。
そんなことはない、ちゃんとどんなに強力な者にもたれてもかけられる達人がいる、という意見もあるでしょう。
何しろ私もその一人です。どんなに強力な、体格のいい方につかまれても立ち関節技をかけられます。
しかしこれは、相手が足を固定してくれる場合のみです。つまり手首などを強力に握って、なおかつジッとしてくれないと掛からないわけです。
自由攻防のスパーリングの中で、そんな都合のいい瞬間なんてこないです。型の中の技は本当の技ではありません。スパーリングの中で使える技しか実際には使えないものなんです。
スパーリングでパンチしか決まらないなら、パンチしか使えない、という自覚を持っていたほうがいい。その他に何百個も技を知っていたとしても、です。
相手はこちらが腕をひねり上げようとの素振りをしただけで、パッと手を離すか、あるいは重心をずらすために足を裁きつつ間合いを切ってしまいます。
これは超がつくほどドンくさいタイプはあるいは・・ですが、素人でも当たり前に、本能的にそのぐらいはやります。
いやいや、当身をいれて、動きを止めてからかけるんだよ・・というなら、自由に動き回り、カウンターまで狙ってくる相手にパンチやキックを当てる練習を十二分にこなしているか、を聞いてみてください。
それができないなら、当身をいれてからかける・・という仮定の後の技は、全く意味を成さないのです。
なので、結局は、バランスよく力を秘めて立ち、移動し、手足腰の一致した状態で相手の中心を奪う・・という練習しかないわけです。そこから殴る蹴る、もしくは投げる、ということです。
それができると、技を知ってる人ではなくて、技が自然と出る人になる。
カンフーをマスターすれば、動けば技になり、相手を自然と制することができるようになるわけです。
女性でも、自己の最大値まで強くなれます。
体格にもよるし努力次第でしょうが、少なくとも・・大の男からガチで逃げ切る能力は身につくと思います。

カンフー道場のコンセプト~武術編5~

素手素面による顔面攻撃・・というのは太気拳の代名詞みたいになっていますが・・
実戦では当然、素手素面なわけです。グローブつけて歩いてたら変質者でしょう(笑)
グローブつけてヘッドギアしたスパーリングと、素手素面では、感覚がかなり違います。
グローブ&ヘッドギアだと、結構いいパンチが当たっても痛くないために、アグレッシブファイトできます。
もっともそのせいで、よくパンチドランカーになるらしいですが、これも週に数度、数ラウンドならまあ無問題だと思います。
素手素面だと、あんまり相手に近づけない気がしてくるものです。相手の指が目に入ったらもうジ・エンド。
ジャブ程度すら目に当たったらやばいです。ましてや拳頭があたったら痛いなんてもんじゃない。
根性なんて関係なく戦闘不能です。鼻もしかり。
アゴをきれいに打ち抜いて、脳を揺らさないと・・というのはグローブつけての話で、素手だとチョット違う。
なので、自分の空間を守りつつ鉄壁な防御をしつつ、相手の空間をつぶす必要がある。
これはまさに推手そのものなんです。推手は非常に重要な、カンフー修得の核になる訓練です。
その推手のためには立禅・歩行禅の訓練をしないとダメなんで・・
結局、当カンフー道場のカリキュラムがもっとも合理的かつ実戦に近い、と私は考えているわけです。
あとは推手の流れからのグラップリング、寝技等もある程度はできたほうがいいかと思います。

カンフー道場のコンセプト~健康編2~

中医学的には、気功、および気というものが実際に存在するモノとされています。
私の専門とする中国気功整体術はもちろん、指圧にしろ、鍼灸にしろ、みな経絡(体内の六臓六腑から全身に流れる気のエネルギーの流れ)が存在する、
という前提の経験医学であって、気なんてナイっていう現代科学、現代医学の立場からすれば全部荒唐無稽の霊感商法
ということになってしまいます。
もんだり押したりで、筋肉の痛みをとる、疲れが取れる・・ということはあっても、医学ってほどのもんではない、といわれたら返す言葉はない・・。
でも・・気というものは、本当に、ある程度修行してみないとつかめない。
一般の方にはナイといわれても仕方がないモノです。
私の施術中の手は、とにかく燃えるように熱い。皆さん言われます。「いまなんかキテる!」と言われたこともあります(笑)
でも気ってナニっていわれると・・生き物を生き物足らしめるエネルギー?としか言えないかなと。
これを育て、高めることが気功修行の目的。
これを分けてもらうのが中国気功整体術。
こういうの興味ある方は、中国気功師コース、中国気功整体師グランドマスターコースでお会いしましょう!

カンフー道場のコンセプト~健康編1~

さて私は整体院を開業して丸五年の独身男ですが
この五年間一度も風邪等で病欠したことがナイ。
これはバカだからもありますが(笑)、このカンフーで培った上虚下実の姿勢、筋力、あとは食生活のおかげでしょう。食については後述するとして・・
姿勢、歩き方が健康に大いに影響すると思います。
姿勢が悪いと、内臓が圧迫されて全身の血流が阻害され、横隔膜の運動も窮屈になって呼吸が浅くなり・・脳や精神状態にも悪影響が出ます。
さらには背骨のカーブが自然状態よりかなりきつくなり・・筋肉の過緊張状態が続き、肩こり腰痛の引き金に・・
歩き方がわるいと腰や膝に通常異常の負荷がかかってしまい、やはり腰痛や膝、足首痛に直結します。
カンフーの姿勢、歩法は、本来は戦うために合理的に研究し尽くされたものですが・・
これは重心移動がスムーズで、バランスの良い、理想的な姿勢および歩き方でもあるわけです。
これを身につけることは、武術に全く興味がないか、そういうのはやんなくていい派の方にも大変有意義なことです。
いい運動をお探しの方はコレをお試しください!
ぜんぜんコワくないです(笑)
そしてこれだけでもそこそこ強くなれる・・と思います。すくなくとも身のこなしが良くなるので。

カンフー道場のコンセプト~武術編4~

しかし3で述べたようなことを言い訳に使って、実際には型を知ってるだけでぜんぜん戦えない、武術風舞踏家が
もうワンサといるわけです。実際のところ、9割ぐらいそんなレベルと思って間違いないです。
なので、私はスパーリングを最重要視し、その次には自由推手(自由に動きながら、スパーリングさながらに相手
を腕で崩し合う試合稽古)を重視しているわけです。
とにかく、まずちゃんと強くないとダメ。一切言い訳しちゃダメ。強くないなら武術家じゃない。
「ケンカの強さよりも人間的強さを」「強い弱いなんて言うようじゃ武道家失格」とかいう人は、
ほぼ100%、強くなる努力を怠り、ホントは強くないのを誤魔化して正当化してる、気の毒なニセ先生です。
ホントに強くなるためには、自分の弱さを知り、悔しさ、赤恥、葛藤・・覚醒、自信、安らぎ・・というような
本当の意味での精神修養を経なければならず、口でセイシンセイシン言ってるだけの紙切れコレクター武道家とは
人間の中身がぜんぜん違ってくるものだ、とつくづく思います。
なぜこんなにキビシク言うか、といえば、自分の技ないし実力を過信しちゃって、自分の弟子がケンカで死んじゃったらどうすんだろう?ってことが気になるからです。みんな薄々気づいてて逃げて無事ならいいが(笑)
私は自分の限界を知ることからが護身術だよ・・と常々道場生に言っています。無知の知的なお話ですが。

カンフー道場のコンセプト~武術編3~

もうひとつ、一般の方が疑問に思うであろうことは
「そんなに自信があって強い?のに、なんで試合に出て証明しないの?」
ということですか。これはまず、格闘スポーツと武術の目的の違いを考えていただければご理解いただけます。
格闘技は殺し合いではないので、ルールを守って、しかしそのルール内ではガチンコで死力を尽くし、体重も同じ
にあわせて行い、終わったら審判が勝ち負けを判定してくれるし、途中で怪我したならリングドクターに診察まで
してもらえる環境で行われます。しかも終わったらノーサイド。なんの遺恨も責任もいらない。
ところが武術は、実生活における突発的な、しかし生命財産が脅かされる避けがたいトラブルへの最終手段、とい
うのが本質です。そこにルールもなければ、ある程度の安全性を保障してくれるモノなんて何にもない。
なので、そこで使われる技術は、生け捕りの技術ではない。誤解をおそれずにはっきり申し上げれば、相手には死
んでもらっても構わない技術・・ということになるというか、そうでなければ弾のない拳銃のごとく用を成しません。
逆に言えば、そういう状況でもない限り使ってはいけない技術、とも言えます。

カンフー道場のコンセプト~武術編2~

さてカンフーの概要を理解していただいたところで、なぜ中国人ではなく私のような日本人からカンフーを学ぶ必要?があるか、ということもご説明いたします。
まず、世界中に中国人はすごい数おられるでしょうが、カンフーをマスターした人なんてほとんどいないです。
これは日本人=カラテかジュードーの達人と思ってるアフリカ人が、日本に来てガッカリするのと似ている(笑)
さらには現代格闘技であるキックボクシング、総合格闘技等やっている方にも「おっスゲーな!」と思ってもらえるだ
けの実力と、またそれら現代格闘技にたいしてもカンフーの利点を生かしていかに戦うか・・
を研究している人なんて・・世界的にみても、もうそうとうにレアなのです(逆に言えば、伝統的なカンフーのみでは現代格闘技の進化に対応できないということでもある。補完関係にあると思う)
カンフーの叡智は時代に埋もれさすには惜しすぎるが、そのものだけだと、あるいはその実力を誤解され、過小評価されてしまうかもしれない。
よって私がこのカンフー道場で、師から習得したカンフーにさまざまな格闘技の経験、各種修羅場の体験等(笑)
を加えて世に問うことにしたわけです。

カンフー道場のコンセプト~武術編~

カンフーという言葉でイメージされるものは、ジャッキーチェンやジェットリー等の、カンフー映画スター、
もしくはそのアクションシーンにみられる、素早くてパワフルなパンチやキックあるいはその受け技などでありましょう。
しかし実際にカンフーができる人物に会ってそれを体験したことのある人はほとんどいないわけです。
実際のカンフーは、映画のように大業な動きはしないし、演武のようにくるくる回ったりすることもほぼない(かえってスキができて危ないため)。
ちなみに功夫(カンフー)と、体操競技のような武術(ウーシュー)は、英語圏の愛好家の間では全く別のものとされています。
かといって空手のように構えて突いたり蹴ったりを号令にあわせてやったりもしない。
正確に言えばやってるところもあるが、本質は個人個人の感性を磨いて潜在能力を引き出すことにあって、型をおぼえたり技をおぼえたり・・ということは重要視しないわけです。実戦においては技なんて出す暇がないから、むしろ姿勢と重心移動、手・足・腰の協調性を磨いて体にしみこませたほうが合理的かつ現実的なわけです。
これはスパーリングを行う流派の方はすぐに納得いただけることですが、一般の方は意外に思われるかもしれませんね。
 
続きます